作久間シュンブン
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至上のもち米作り 五回目
執筆日:2025年 12月31日
執筆者:コトブキ
9月。まだ夏の名残が残る秋空の下で、黄金の小波が心を揺らす。
もち米の収穫時期がついにやってきたのである。
一年間の努力がその稲穂に実り、苦労を喜びに変えていく。
今年の稲は、食害でやられちゃったところもあったけど、それでも前回よりもいい感じだ。
黄金の稲穂を機械で刈り取り、脱穀された籾を乾燥させると、もち米の完成だ。
見慣れた"白いお米"の状態にすると、一粒一粒が艶艶と光り輝いて すっげえ美しい。
仮想空間での米作りが楽しくて、これでもう四回目だぜ。
一回の米作りが何時間もかからないから何度もやってしまう。
本来の目的は、店に餅米を買って帰る事なのにね。でも、回を追うごとに米作りのコツがどんどんとわかってきて、止まらない。
今回の米は今までで一番の出来で、餅を搗いて磯辺焼きにするとマジ美味い。タケシさんからも「こいつはなかなかいいもち米だぜ」と高評価をもらった。
タケシさんからアドバイスをもらいながら作っているとはいえ、本職からのお墨付きをもらえたのは嬉しかったぜ。
でも実は、今回の苗は特別納得できるクオリティのものではなかった。
タケシさんも「苗の出来で言ったら三回目が一番良かったな」と評している通り、前回の方がもっと茎が太くて逞しかった。
それでも今回自己ベストを更新できたのは、他の部分での"米作りの腕"が以前よりも向上したからなんだろう。
となると、やっぱりレベルアップした米作りの腕と最強の苗を組み合わせて、"至上のもち米"を作ってみたくなるよな!
僕は「あと一回だけやらせてください!」とタケシさんに五回目の挑戦を希望した。
タケシさんに「別にいいが、まだ帰らなくて大丈夫なのか?」と心配されたが、時間的にはまだ余裕がある。
開発者であるケンさんにもお願いしたところ、「システムに目立った不具合もなく良好に動いてますし、全然いいですよ!」と快諾をもらった。
「今度こそ最強の苗を黄金の稲穂にしてみせるぜ」と強い意気込みで五回目の挑戦を始める僕だった。
早速、ケンさんの合図で 新しい米作りが始まる。
ケンさんがボタンを押すと、さっきまで雲一つなかった青い空が急激に色彩を失っていき、そこらじゅう一体が雲だらけになる。それと同時に、空から大量のドカ雪が辺り一帯に降り注いで一気に雪化粧。
新しい冬の到来である。
ここ広神は、豪雪地帯なので冬には大量の雪が降る。その雪が融けないことには、新しい米作りは始められないのだ。
さっきまでの雰囲気は嘘のように、冷気が吹き荒れてきて気温は急降下。
このジェットコースター並みの変化には、毛皮に包まれて寒さに自信のある俺でも流石に太刀打ちできないんだ。
真っ青な風が地表に降り立ってきて、俺の身体ごと世界を凍て付かせていく。
「うう、流石に限界だ」と俺は、慌てて近くの小屋に逃げ込み、そこで嵐が止むのを待った。
雪はどんどんと降り積もっていき、小屋に避難してから暫く待っていると、その積雪量は一メートルを超え、そして雪が止んだ。
「よし、雪が止んだな。じゃあ、除雪をするぞ」というタケシさんの掛け声と共に早速除雪に着手していく。
トラクターに除雪用のアタッチメントをつけて、除雪開始。スノーブロワーが固まった雪を巻き上げ、勢いよく遠くへ吹き飛ばしていく。
ある程度雪の量が減ったら、そこからは融雪剤を撒いて融かしていく。
田んぼに撒く融雪剤の名前は "ケイカル"という。ケイカルの正体は数ミリ程度の色が黒っぽい粒なのだが、これにより 太陽の熱を多く吸収して、雪融けが早くなるという仕組みなのだ。
また、ケイカルの役割は融雪だけではない。ケイカルにはケイ酸が含まれている。
稲は、成長する際にケイ酸を大量に必要とし、一度稲を育てるとその土壌のケイ酸は枯渇する。そのままの状態で翌年新しく稲を育てると、ケイ酸不足で倒伏しやすくなるので、毎年米作りを始める前にケイカルを撒いて その土壌に不足しているケイ酸を補填する ということなのだそうだ。
融雪と土壌改良を同時にできるなんて、ケイカルってハイテクだよな。
白いキャンバスの上に黒い粒が散らばって、新しい春を予感させる。
除雪とほとんど並行して、ビニールハウスの設置も行う。これは後で、この中で苗を育てるための「育苗ハウス」として使うんだ。
それにしてもこのハウスの管理は大変なんだ。ハウスを建てた後も雪は全然降るから、雪が降った時はハウスの上に積もった雪は下ろさなければいけない。取り除かないでハウスが潰れてしまうと、大変だからな。
時には真夜中でも行くことがある。寒さでガタガタ体を震わせながら、ハウスの雪を取り除きにいく。
融雪剤を撒いてからしばらく、田んぼの雪はすっかり融けていた。タケシさんに聞いたところによると、融雪剤を撒くと一週間は融けるのが早くなるらしいぜ。
雪が融けるといよいよ苗作りの工程だ。至上の餅米を作るためには、まず最強の苗を作らなければいけないからな。
最初は育苗土を作る。これは、苗を育てるのに使う土だ。
水田近くの土を持ってきて、5mmの穴の篩にかけた後、籾殻くんたんを加えて通気性とpHを調整する。
pHの目安は4.5から5.5だ。さらに殺菌剤を加えて殺菌したら、育苗土の完成だ。
施肥の作業をした後は、良質な種籾だけを厳選する作業をする。この作業を「塩水選」という。採種圃から購入した良質な種籾をさらに塩水選をすることで、選び抜かれし種籾のみを使用して、最強の苗を目指そうという作戦だ。
バケツに籾殻を入れて、ホースで水を入れて、ぐるぐるかき混ぜていく。すると、水の上に浮いてくるやつがいるので、それを笊で取り除く。
浮いてくるやつが少なくなったら、ここから塩投入開始。塩を利用して、より比重の重い種籾だけを厳選していく。
塩水選に使用する塩水の比重は うるち米なら1.13、もち米なら1.08 だ。
比重などぱっと見目で見てもわからないので、生卵をバケツに沈めて見極めていく。
まず、塩を入れない状態だと、生卵は沈んだままになる。
1.08では水中で縦向きになり、1.13では卵が水面に浮いてくる。卵の状態を観察しながら塩を入れていく。
塩を投入すると、また浮いてくるやつがいるので、それを再び取り除く。やがて浮いてくるやつがいなくなって、水底に沈んでいる"選ばれしもの"だけになったら、厳選の完了だ。
塩水選後の種籾は、水洗いで塩分を落としておくことをお忘れなくね。
60度のお湯で、種籾を十五分間浸して雑菌を消毒した後は「種子の浸漬」を行う。
これは、水温10から15度で七日から十日ほど行う。そんな水温で大丈夫なのかよぉ? と思いそうだが、水温を上げると浸漬の時間が短くなる。
時間が短くなると、どうしても個体差で浸漬の具合にムラができてしまうので、このぐらいの水温が適切なのさ。
浸漬の目安は、毎日気温の積算温度が100度になるくらいだ。
その後は 催芽、潅水、播種、覆土、殺菌、出芽となり その後は育苗ハウスの中で育てる。
ハウスの中に育苗箱を前後二列においたら、その左にズラッと並べていく。育苗箱を並び終えたら外気を完全に遮断して、保温する。
温室のハウスで苗を育てるのは、光合成が盛んに行われる真夏に花が咲くように、苗の育ち具合を調整することで、お米の収穫量を増やすためなんだぜ。
こう見ると、苗作りの作業は徹底的な均一化なんだな。出芽のタイミングも苗の成長スピードも同じになるように調整する。
これは大変な作業だが、でもこれをやっておくと後の管理が楽になるから、面倒くさくても手を抜かないことがより良い米作りには大切だぜ。
何しろ、元気で丈夫な苗を作ることは、美味しいもち米作りに直結するからな。
苗作りとほぼ並行して行う作業が、田んぼ作りだ。
タケシさんが言うには「美味しいもち米作りには田んぼ作りが大切だぜ」ということなので、しっかりと田んぼを作っていく。
と思ったけどきたる日は雨だ。こう言う日は、作業には向かないので晴れるのを待つしかない。作業は晴れの日に一気にやってしまうのがコツだ。大変だけどもね。
そして次の日は晴れたので、早速「肥料散布・田起こし・代掻き」の順に田んぼを作っていくぜ。
肥料を散布してから、トラクターにロータリを装着して、耕していく。
田起こしを行うことで、しっかりと肥料を土に練り込めると同時に、土を乾燥させやすくして土の中の窒素肥料を増やす効果があるんだぜ。
田起こしの後に行うのは代掻きだ。代掻きとは、田起こしの後に水を張って土をさらに細かく砕くことだ。
丁寧に掻き混ぜて土の表面を平らにすることで、苗を植えやすくして、苗の活着と発育を良くする効果があるんだぜ。
さて代掻きから三日もしたら、いよいよ田植えだ。
その前に、今年の苗の出来具合を最終確認。
うん…いいぜ!
今年の苗は おととし並みにいい!いや、それ以上かもしれない。細かい部分にまで気を使って育てた甲斐があったぜ。
タケシさんに見せてみても「ずんぐりで根もガッチリと張っていていい苗だぜ」ということなので、これは "最強の苗"として期待できそうだ…!
早速、KGNMCの苗を植えていく。苗が乾かないように注意しながら、育苗箱を田植え機に積んでいく。
準備ができたらそのまま田植え機を田んぼに持っていって田植え開始。
田作りがしっかりしていたおかげで、田んぼにもち米の苗が綺麗に並んでいって気持ちいいぜ。
田植え機はコストは安くないけど、田植えのスピードに関しては これに勝るものはないなって再確認した。
機械で植えることができない場所に関しては手で直接植える。タケシさんに聞いたところ「さし苗」と言うらしい。
この時期の作業は、いかにも米作り って感じの作業の連続だ。一番忙しい時期だけど 「俺、米作りしてるぜ」っていう実感が強く感じられる時期でもある。ようやく青槍が田んぼに並んでいる風景が出来上がるわけだからな。
八月、青い田んぼに衝撃が走る。
「いもち病」だ。
いもち病の疑いのある苗が発見されたのである。
この病気は、米農家にとって最も恐ろしい病害のひとつで、一つがかかるとそこを起点にどんどんと周りの苗も枯らしてしまう。
一度発生すると、壊滅的な被害が想定され、さらに本格的に罹ってからでは食い止めるのが難しいので、いもち病は予防が基本だ。
もちろん僕もそのことはわかっていたので、対策は前回以上にしっかりと行っていたつもりだったのだが、それでも足りなかったということなのか?
…と思ってたけど、開発者のケンさんによると、この仮想空間ではどんなに対策しても 低確率で病害や食害が発生することがあるらしい。
…そんなのありかよぉ!
ケンさん曰く「そのほうが緊張感のあるゲームになる」らしいけど、全く育てている側としてはたまったもんじゃないぜ(笑)。
とにかく、幸い田んぼの端にあった苗だったので、速やかに除去し、田んぼ全体を木酢液で殺菌消毒。あとは、いもち病が発生することがないように祈るだけだ。
九月。
数多の困難を乗り越え「出穂」を遂げた青いエリート達は
既にみっちりと実らせているその一粒一粒に天の光を凝縮させて
破裂しそうなほどパンパンに蓄えさせていく
やがて、その成長を世間に喧伝するかのように
籾の色は緑から次第に金色へとなり
役目を終えた茎もまた
金の輝きを残して力尽きる。
ついに収穫の時期がやってきた。結局あの後いもち病が発生することもなく、収穫まで無事に来ることができたぜ。
実りに実り切った田んぼは黄金の海。
すっげえ美しい景色で、思わずスマホで写メを撮ってしまったぜ。
早速コンバインで収穫していく。コンバインは、稲の刈り取りと 穂先から籾を分離する「脱穀」の作業を同時に行ってくれるんだ。
黄金が籾に変わっていく様は、正に投資家が溜まりに溜まった金融資産を 現金へとインスタンス化させていく行為そのもので、方や喜びがありつつも 方やあっけなさを感じる瞬間でもある。
コンバインの鋭い爪が稲の根元に突き刺さり、鈴の音とともに刈り上げていく。
やがて、コンバインが籾で一杯になると、予め設けられたトラックの箱に籾を移していく。
コンバインからトラックの荷台に腕を伸ばし、それと同時にジャラジャラと 射倖心を煽るかのような凄まじい勢いで 金の粒達が排出されていく。
「コトブキ!すっげえいいもち米だぜこれは!やったな!」
「仮想空間でもこれほどの米ができるんですね」
とタケシさんとケンさんからの賞賛の声が聞こえ、俺も鼻が高くなる!
今日は タケシさんとケンさんも手伝ってくれて、全員総出での収穫作業だ。
おかげさまで 収穫作業はとっても捗ったぜ。
収穫を終えて、小屋に戻る僕たち。収穫した籾はその日のうちに乾燥させる。
数日かけてゆっくりと乾燥させると"籾米"の完成だ。
早速、出来上がった米を搗いて 餅を作ってみる。
「……うまいッ…!」
よく伸びるのに歯切れが良くて、食感も適度な食感ですげえうまい。
何も味などつけてないのに、米から来る十分な甘さを感じる。しかもそれは、いつまでも続くようなくどい甘さじゃないから、このままでも何個でもいけそうなぐらいだぜ!
でも一応、磯辺焼きでも食べてみる。
「……う、うまいいッ…!」
海苔の風味と醤油の旨み、餅の甘みがガッチリと噛み合わさって 正にスクラムダンスだ!
タケシさんもケンさんも あまりの餅の美味さで、我を忘れてひたすら餅を食っている。
前回の時の餅も美味かったけど、こんなに美味い餅は初めてだ。
これは正に "至上のもち米" そして至上の餅と称せるクオリティだと我ながらに思ったぜ。
至上の餅を堪能して、至上のもち米を作ることも達成できて満足な僕は、そのまま草の生い茂る地面に大の字になる。
…うん?何かを忘れているような…。
僕は慌てて時計を見て青ざめる。
現実世界での時計は、十二月三十日の午前三時過ぎを指していた。
米作りの作業が予定よりも時間がかかってしまっていたようで、急いで帰る支度をする。
「僕、そろそろ帰らないと」
「おお、そうか。気をつけてな!」
二人と手短に別れの挨拶を告げて、現実世界に戻ろうとすると、現実世界への扉がない。
「ケンさん、戻るための扉ってどこですか?」
ケンさんは、何気なく答えた。
「そこになければないですけど。」
その 意味をそれぞれが理解した三人は、同時に目を合わせ 同時に冷や汗を掻き始める。
それって、現実世界に戻れないってことじゃねえか!
不意に空がバチバチと音を立てるとともに爆発して、僕たちの周りが赤い炎で包まれる。
「なんだこの炎は…!」
僕は、水道の水をばら撒いて消火を試みるが 効果はいまひとつだ。
「やばい、このままじゃ みな焼け死んじまうぞ」
「小屋に消火器が有りましたよ!!」
ケンさんが勢いよく消火器を噴出すると、当てられた炎は散り散りに解けてどんどんと空に消えていく。
「消えたか!?」
と思ったのも束の間。二十秒後、炎が攻勢を巻き返し、さっき以上の勢いで燃え盛り始める。
「ダ、ダメか…。」
火災が発生してからまだ一分ほどしか経っていないというのに、炎は僕らのいる半径20m以外の空間を既に焼き尽くしており、そして着実に僕らを燃やすべく、じわりじわりと滲み寄ってきている。
「クソ、打つ手なしか…。」
炎が広がるあまりのスピードに、二人は完全に戦意喪失。
僕はやけになって、足元に落ちている 爆風で飛んできた瓦礫を炎に向かって投げまくる。
炎は僕の最後の抵抗を嘲笑うかのようにゆっくりと近づいてくる。
もうダメだ、と思った次の瞬間、
ピシッ
という音がして、石が空中に当たり跳ね返った。
なんだ今のは。何が起きている?
一瞬止まった時を最初に動かしたのは、ケンさんだった。
「もしかして…!!」と叫んで小屋の中に消えていったケンさんは、その手に持ってきたツルハシを僕に投げ渡した。
「今の場所をこじ開けてみてください!出られるかもしれません」
…なるほど、そういうことか。
僕は最大限に勢いをつけて、その場所をツルハシで殴った。
鉄のようなその空間は甲高い音を立ててツルハシを跳ね返し、まるでものともしない。
僕は何度も繰り返すが、まるで手応えがなくただ体力が奪われるだけだ。
痺れを切らしたタケシさんに交代して、今度はタケシさんが試す。
目一杯力を込めて、僕のよりも数倍威力のある一撃が壁に思い切り炸裂する。がやはりまるで効いていない。
三人で力を合わせてやってみるも、出口は全く開かない。
ついに炎は背後 1mのところにまで迫っていた。尻に火がつき、丸焼きになるまで秒読みの極限状態。
時間的に考えて、チャンスはあと一回だ…。
次の一撃に全てを賭けてください と二人を鼓舞して、呼吸を整え、覚悟を決めて…ついにその時が来る。
腕の筋肉という筋肉が裂け、背中の繊維という繊維が吊るほどの力を込めた三人の最後の一撃が放たれた瞬間に、空間にグワッと穴が開いて止まることのない一撃とともに三人の上体は穴に流れ込んだ。
十二月三十日、伸し餅を予約のお客に売り終えた僕は 前日からの連日疲労で、終わった瞬間ぐったりして休憩室で燃え尽きていた。
それにしても昨日はやばかったな。まさか、チャボが現実世界への扉を開いてくれるとは思わなかったぜ。
チャボが助けてくれなきゃ、今頃焼かれていたのは餅じゃなくて僕たちだったな。
でも三人とも無事でよかったぜ。…至上のもち米は全部燃えちゃったけどね。
でも、それに関しても ある意味幸運だったかもしれない。また新たな目標ができたわけだからな。
そんなわけで、また新しい仮想空間ができた時には 今回よりも更に美味いもち米が作れるよう、これからもトレーニングを頑張るぜ!
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